【やはり国籍が引っかかっているのか】
日本の芸能界やプロスポーツ界には、国籍が韓国や朝鮮であることを公にしていないタレント・選手が今なお多い。彼らの出自がテレビにとって「タブー」であることを如実に示す、ひとつのエピソードがある。元民放関係者が話す。

「1999年頃、女優の安田成美が在日であることを、評論家の塩田丸男がワイドショー(フジテレビ)のオンエア中にあっけらかんとしゃべってしまったんです。安田に関しては当時、とんねるずの木梨憲武との結婚がなかなかまとまらず、『やはり国籍が引っかかっているのか』と囁かれてもいました。そんな微妙な時期だっただけに、木梨は番組のスタッフルームに直接電話をかけて抗議したそうです。塩田はその後、番組から干されてしまいましたね」
安田が在日で、とくに民族意識の強い家庭で生まれ育ったことはつとに知られている。彼女の父親と同じく上野で事業を営む在日朝鮮人の男性によれば、「アメ横界隈には同胞の商売人が多いのですが、彼女の美貌は昔から有名で、『誰が射止めるのか』がしょっちゅう話題に上っていた」という。
「父親が民族意識の強い人物だけに、嫁にもらえるのは同胞に決まっていると思い込んでいたんです。それだけに木梨との結婚が明らかになったときは衝撃が走りましたね。木梨も彼女の父親から結婚の許しをもらうのに、相当苦労したんじゃないでしょうか。ふたりが船上で結婚式をあげたのも、民族衣装のチマチョゴリを着る伝統的な形式にこだわったからでしょう」
【南北に心を引き裂かれたスーパースター】
それにしても、なぜ在日系芸能人の出自は、それを語った人間が干されてしまうほどのタブーになったのか。
その経緯を探るにはまず、力道山について言及せねばなるまい。
力道山は日本における「プロレスの父」であるだけでなく、日本がまだ貧しかった時代に、アメリカから有名選手団を招聘して大規模な興行を打った優れたプロモーターでもあった。街頭テレビの前に無数の群集を集めた功績を考えれば、彼こそは「戦後エンターテインメントの祖」と呼ぶにふさわしい存在だろう。
現在の北朝鮮東海岸にあたる地域で生まれ育ち、戦中に単身、日本に渡った彼は、現在活躍している日本生まれ世代の在日スターとは比べようもないほど濃密なつながりを、母国との間で持っていた。
たとえば1961年、力道山は新潟に停泊した北朝鮮への帰国船の中で、長らく音信が途絶えていた次兄、そして実の娘と対面している。思想的には共産主義を好まなかった力道山も、肉親の情に血が沸いたのか、翌年春には北朝鮮の金日成首相(当時)に、誕生日プレゼントとしてベンツを寄贈した。
しかし力道山が活躍していた当時、彼が朝鮮半島の出身であることは、公に語られることはなかった。その背景にあった事情は、単純なものではない。
帰国船の中で肉親と再会した2年後、力道山は韓国政府の招請を受けて極秘に訪韓。軍事政権下で権力中枢にあった韓国中央情報部(KCIA)部長らと会談している。当時、日本社会で極めて大きな影響力を持っていた彼の存在をめぐって、南北政府が綱引きをくり広げていたであろうことは想像に難くない。
また、力道山とKCIAの間には、暴力団・東声会会長の町井久之(鄭建永)が介在していた。力道山の後見人的な存在だった町井は三代目山口組組長の田岡一雄、大物右翼の児玉誉士夫らとともに、当時莫大な利益を生んでいたプロレス興行を仕切っていた。看板は言うまでもなく、「日本人のヒーロー力道山」である。白人レスラーを空手チョップでなぎ倒し、敗戦で打ちひしがれた大衆に希望を与えるスーパースターが、朝鮮人であっていいはずがなかったのだ。
【早すぎた。目に見えて仕事が減った】
「力道山が出自を公言していたら、在日の出自はタブーにならなかったかもしれない」
芸能人やスポーツ選手の出自が話題に上るたび、今もこんなつぶやきを漏らす在日韓国・朝鮮人は少なくない。
元WBC世界スーパーフライ級王者、徳山昌守は現役時代から在日朝鮮人としての出自を強くアピールしていたが、リング上で本名(洪昌守)を名乗らないことについては、知人に次のように語っている。
「デビュー時にリングネームを登録する際、周囲から日本名にすることを勧められると、将来どこまで行けるか分からない四回戦ボーイとしては逆らえなかった。成功してから変えるというのも、現実にはなかなか難しい」
2000年8月、彼が世界王座を勝ち取ったタイトルマッチのテレビ中継は、試合開始のゴングとともにオンエアが始まり、試合終了とともに中継も終わるという変則的なものだった。なぜそうなったかと言えば、日本において日本名のボクサーが、韓国人のタイトルホルダーに挑戦する試合だったにも関わらず、試合会場の大阪府立体育館は徳山と同じ朝鮮学校OBの若者たちが振る北朝鮮の国旗で埋め尽くされていたからである。
ただ、この出来事を除けば、徳山の出自がタブーとして扱われたことはなかったように思われる。それはおそらく、プロスポーツ界において、ふたりの先駆けが「在日的作法」とでも言うべきものを確立していたからだろう。そのふたりとは、四百勝投手の金田正一と三千本安打の張本勲である。金田は高校を中退し、国鉄スワローズ入団とほぼ同時期に帰化しているが、そのことを隠そうとはしていない。張本は帰化しておらず、自らが韓国人であることを公言してきた。

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彼らが示した「作法」とは、さしずめ「出自は実績で語るもの」とでも説明できるだろうか。とくに、日本社会に対する“お付き合い”程度に通名を名乗る張本の姿勢は、やはりかねてから在日であることを公言してはばからなかった金村義明(近鉄─中日─西武で引退)ら、他の数多くの在日プロ野球選手にも共通して見られるものだ。
そもそも実績のない者が在日としての出自をアピールしたところで、周囲はさして興味を示さないかもしれない。人々の関心を引くのはあくまでも「スター」の出自なのだ。
そういう意味で言えば、在日系芸能人たちの出自が、本人や周囲から非常に扱いにくい問題とみなされるのは、ある意味で必然ではある。韓国籍から日本に帰化した錦野旦が「年末の紅白歌合戦はわれわれがいなかったら成り立たないんですよ」と発言しているように、芸能界における在日の活躍ぶりは、スポーツ界のそれに勝るとも劣るものではない。
しかし、本人の能力次第で客観的評価をいくらでも稼ぎだせるスポーツと違って、ファン心理に大きく依存する芸能界では、スターであればあるほどイメージへの影響に敏感になる。いわばファン心理の「計算できない怖さ」だ。簡単に言うなら、誰かが張本の出自について知ったからといって彼の選球眼に変化が起きることはないが、好きな歌手が日本人ではないと分かったとたん、その歌手のコンサートに行かなくなるファンが出てくる可能性はあるということだ。
ただし芸能界の「在日タブー」の背景にあるのは決して、こうしたファン心理への警戒感だけではない。

これについても、たとえば和田アキ子は過去に、叔父が商法違反で逮捕されるというスキャンダル絡みで在日としての出自をメディアに明かされるが、それで彼女の人気が衰えたとは思えない。芸能界はこのようなケースをいくつも経験してきたのであり、在日という出自がファン心理に影響を与えない可能性についてもよく知っているはずだ。少なくとも、タレント本人が出自を明かす意向を持っている場合には、それを「どう上手くやるか」を考える雰囲気があってもよさそうなものだが、現実は必ずしもそうではない。
たとえば、70年代に「キャロル」で一世を風靡し、人気絶頂の時にカミングアウトしたジョニー大倉は「正直言って早すぎた。目に見えて仕事が減った」と周囲に語っている。またある年には、『月刊現代』10月号に掲載された井川遥のインタビューから、井川本人が語った在日としての出自に関する内容が、事務所側の圧力で葬られてしまうという出来事もあった。「在日タブー」の根源としては、このように本人の意思までをも封殺してしまう芸能界の弊風の方が、よほど深刻な問題として存在しているとも考えられる。
【人気絶頂期にカミングアウトした偉大な人】
状況がこうである以上、在日系芸能人が自らの出自に触れる際、時として殺伐としたものが生まれるのもまた必然ではある。
2000年代(2003年7月)、俳優・岩城滉一の自宅が借金のカタに差し押さえられ、競売にかけられていることが発覚した際の出来事である。東京・世田谷の豪邸近くで芸能記者らを相手に会見を開いた岩城は、カメラやテープ、メモの手を止めさせたうえで、こう語ったという。
「俺は韓国人だから、あの銀行から借りたんだ。親の代からの借金があったって、おかしくないだろ?」
岩城の言う「あの銀行」とは、在日韓国系の東京商銀信用組合(2000年に破綻)のこと。基本的に小口の商工業者への融資を行なっていた金融機関が、在日の有名人である岩城に対して便宜を図り、家を担保に五億円も融資していたのだ。

岩城の発言は、在日系芸能人の出自をタブーとみなし「放送禁止」とするマスコミの習性を逆手に取り、あえて「韓国人」を云々することで背景を詳しく書かれることを防ぐためのものと見られた。実際この時、マスコミは「異常な融資」と書いただけで、背景には踏み込んでいない。岩城がこうした挙に出たことについては、彼が芸能界の通称「在日倶楽部」と呼ばれるグループの“兄貴分”的な存在であり、自分のせいで在日イメージが貶められるのが耐えられなかったのだ、という見方がされている。
岩城のこの態度が垣間見せるのは、在日はその出自を明かすことによって「在日を背負う」ということにもつながるということだ。在日の中には岩城について「人気絶頂期にカミングアウトした偉大な人」との評がある。しかしその分、いったん「在日の顔」になった以上は、それに泥を塗ることは許されない。そんな「民族」に対するある種の気負った意識が、日本人にとって、在日の出自を扱いにくいものと思わせている部分があるのは否定できないだろう。
