都市伝説

東京の地下の謎、過去都市伝説めいた様々な噂

東京の某所の地下に秘密の核シェルターが。
東京の地下の謎、過去都市伝説めいた様々な噂が流布してきた。だが、ここで紹介する話は、まさにその現場を見た人物の証言である。東京某所の地下、そこには一般人が計り知ることのできない巨大な核シェルターが存在している。

旧防衛庁の地下に存在した謎のプラットフォーム。
十数年ほど前のことだったと記憶している。ある民放テレビ局で放映された地下鉄の謎という趣旨の番組だった。以前六本木にあった旧防衛庁庁舎地下に伸びる、側線のことを取り上げていた。今や防衛庁の職員でさえその存在を知らないプラットフォーム。カメラが防衛庁の広報担当者の案内で庁舎の地下へと下りていく。ボイラー室と思われる殺風景な部屋の大きな鉄製扉を開けると、そこには薄暗いトンネルの中に古びた地下鉄のホームと線路があった。広報担当者の説明では、防衛省の前身である陸軍省時代に作られたもので、高級将校が空襲時避難するために作られた、虎ノ門付近の銀座線本線から分岐した線路で、現在は銀座線の営業終了後に電車の駐泊に使用されているとのことだった。
地下鉄、旧帝国陸軍が創設に深く関わり、戦争遂行上。重要な役割をした帝都高速度交通営団は、戦後60年の前年に東京メトロへと改称、特殊会社化され民営化への歩みを始めた。帝都高速度交通営団と東京都交通局、公営の事業者が総延長300キロ近い網の目のような線路を有し、縦横無尽に帝都の地下を走っている様は、まさに東京地下帝国の様相を呈している。しかし、その線路図を眺める時、ほとんどの線路に奇妙な一致が見て取れる。多くの線路が皇居を目指し、その外堀の外周をかすめてまたそれていく。そして現在は姿を変えた戦前の旧陸軍関連施設、皇族関連施設など、帝都の重要地点を拠点を多くを、戦後開業したはずの地下鉄が結んでいるのだ。

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東京の地下はブラックボックス。
国会議事堂駅は核シェルターだ。有楽町線を有事の際は戦車が走る。
そんな地下鉄にまつわる都市伝説を聞いたことがある方も多いだろう。
確かに千代田線の線路は耐震度を誇ってはいるが、核シェルターに必要な空調設備などの類はなく、核兵器による攻撃に耐えることはできない。とはいえ、通常攻撃や攻撃者の避難路としての利用を考えて施設された当事者証言や状況証拠が近年集まりつつあるのも事実である。また有楽町線の都市伝説に関して言えば、現用の総重量50トンもの90式戦車が地下鉄の線路内を走ることはできないし、公式には都内に戦車の配備はない。
しかし、地下38メートルに位置し核シェルターと噂される千代田線の国会議事堂駅前と連絡通路で接続する、溜池山王駅は戦時中の大本営の巨大防空壕の一部転用であり、国会議事堂に地下はないことになっているが、断面図には大きな地下空間が現れている。
千代田線の霞ケ関駅は、帝国海軍の最高司令部であった海軍軍令部の防空壕を転用して作られたのは明らかだ。こうした東京の地下のブラックボックスは、風聞や都市伝説、あるいは善意の第三者の証言という形で、その一部を垣間見ることはできる。そして今回、ある関係者の口から出た地下施設に関する数々の証言は、まさに想像を絶するものだった。
私が現場を見たのは数年前のことです。証言者のA氏は、大手建設会社でメンテナンスを担当する人物。A氏は、実際に地下施設、シェルターを目撃した。以下の記述は、A氏の証言をもとに再現したシェルター内部の様子である。

30万人が3日間生き延びられる食料と水が備蓄された、丸の内の地下シェルター。
ある財閥企業が所有するとされるこの施設は、通常の地下街よりもさらに下のフロアに存在します。区画はテナントビルの各ブロックごとに分けられており、シェルター内の天井は低く、開口式の書架のようなラックに大量の水と食料、そして拳銃が備え付けられていました。
感覚的には戦前に作られたものと思われましたが、何度も修繕が施された形跡があり、空調施設などの設備は最新式のものに替えられていました。さらに、シェルターの下のフロアには高さ40から50メートルにもなる巨大な空間があり、そこには地上にある発電所がそのまま収まっているかのような発電施設が存在したといいます。
このシェルターに備えられている食料と水の量は、30万人が3日間生き延びられるほどの量であると、ある原子力の専門家は関係者から聞いたと証言しています。さらに、それらの備蓄食料は、消費期限内に新しいものと入れ替えるためか、丸の内界隈のテナントビルでは期限切れ間近の食料や乾パンなどが、毎年防災の日に配られているとのことです。
このシェルターの存在は、大口のテナントに対しては「水と食料を用意してあります」とアナウンスされているといいますが、ごく一部の人間しか知り得ない施設であることに変わりはありません。

この話をある経済アナリストにぶつけてみたところ、「30万人が3日ではなく、本音では3000人が300日でしょう」という答えが返ってきました。このアナリストの言葉は、日本の経済の中枢である丸の内を作り上げた某財閥企業と、国家・政府との関わりを暗に言及していました。つまり、このシェルターは一握りのVIPの避難だけを想定しているのだということです。
青山ツインタワーの地下にも、謎の施設が存在します。別の建設関係者からもたらされた証言も、地下施設に関するものでした。青山一丁目は、国道246号線沿いに位置し、近くには広大な赤坂御所が存在する場所です。ジャーナリストの秋葉俊一氏によれば、この付近の路線図には数々の矛盾や証言があることから、何らかの施設が存在するという推理を展開しています。

具体的に言えば、青山一丁目付近では、都営大江戸線のトンネルに金属製のセグメントが使われていますが、金属のセグメントは非常に高価で、めったに使われることはありません。これは、戦前から何かの地下構造物が存在し、近年改修を受けながら稼働している可能性が高く、重要施設である可能性が高いという推理でした。奇しくもこの推理は、今回の証言によって裏付けられた形となります。

 

建設関係者の証言によれば、青山一丁目のシェルターは国道246号線、青山一丁目付近の地下に存在し、その出入り口となっているのは地上にある青山ツインタワーと青山エムズタワーの地階で、扉は肌色で鉄製のものだといいます。シェルターの建設は、青山一丁目界隈の大規模な再開発が行われた昭和47年頃に工事が始まり、青山ツインタワーが完成した昭和53年と同時期に完成したものではないかとのことでした。その内部の雰囲気は、古い建造物を補修して使用している感があったといいます。

青山一丁目駅を中心として、南側には都営南青山一丁目アパート付近にかつての陸軍第一師団司令部跡、麻布水交会司令部が存在しており、北側には赤坂御所、神宮外苑、そして現在の都営北青山一丁目アパート、青山中学校がかつての陸軍大学校の敷地であり、戦前の軍事施設の要所を網羅しています。このことから、シェルターの前身となった施設は、海軍軍令部大防空壕を転用した千代田線霞ヶ関駅などと同じように、皇族の避難用に戦前、陸軍が極秘裏に築城した大防空壕を改修したものではないかと推測できます。

青山ビルの裏手側に存在する区立青山中学校の「学校の七不思議」には、次のような噂が存在していたといいます。「戦前、学校には陸軍の学校があり、地下には巨大な防空壕がある。その出入り口が中学校の中のどこかにあるらしい」。
さらに別ルートで得た情報によれば、この地下シェルターの地階、つまり都営大江戸線の線路の上、さらに下のフロアには、国防上の理由から配備された「あるもの」が存在するといいます。
私たちの足元に広がる、知られざる東京地下帝国。しかし、一つ疑問点が残ります。地下のシェルターは、地上での戦闘をはじめとする紛争から身を守るために存在するのですから、当然脱出するルートが確保されていなければなりません。エネルギーの供給の問題も、純粋に換気口の存在もなければ、システムとして成立しません。

まず、その脱出ルートについて考えれば、この青山一丁目のシェルターの場合も、千代田線建設時に一般市民に未供用の連絡線が建設されたという関係者の証言があります。この線路は、某財閥系企業が建設した丸の内と青山一丁目のシェルターを結ぶもので、霞ヶ関から青山一丁目までを結ぶ直線の支線と、丸の内の地下シェルターから青山一丁目までを結ぶ直線の支線を建設したのだといいます。にわかには信じられない話ではありますが、営団地下鉄も戦後、新幹線建設時に施設区間を変更して、使途不明の側線や地下街路を建設した事実は厳としてあります。

また、緊急時にはシェルターをはじめ、経済大国日本の首都の経済活動を担う膨大な電力を中心としたエネルギー供給の問題が重要となります。その点について調べてみると、変電所の名目で、東京ドームより巨大な変電所が西新宿の副都心地下や高輪の寺院地下にあり、それらは公にされているもの以外にも、都内だけで池袋、丸の内など都内6か所に、電力会社が公表していない施設が存在することがわかりました。
地下施設、食料、そして電気。生存のための最低限の環境は確保されており、シェルターを運用する上でのインフラも整っているようです。この様相は、まさに「地下帝国」ではないでしょうか。

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