神々の滅びを呼んだ、忌まわしき剣 勝利の剣
北欧神話には、神秘の武器が数多く登場する。そのなかで勝利の剣は、もっとも 強力で、もっとも忌まわしい存在である。
この剣はみずからの意志をもっているかのごとく、使い手のもとを離れて敵を襲 い、必ず倒すという力をもっていた。いわば、最古の無人兵器なのだ。
北欧神話に登場する武器には、ほかに最高神オーディンの槍グングニルや、雷神トールの槌ミョルニルがある。が、この剣がただ勝 利の剣としか呼ばれないところも、ほかの武器とは違った印象をもたらしている。 この勝利の剣に切り裂けないものはなく、その刃の輝きは太陽にも劣らなかった。

フレイ
古代ゲルマン族の剣には、ルーン文字などの装飾がほどこされたものがある。叙事詩『エッダ』によると、勝利の剣もまた、飾りが彫られた細身の剣であったという。
小人族が作った名剣の数奇な因果
北欧神話に登場する神秘の武器のほとんどは、神々が自分たちで作ったものではない。 小人族たちが一生懸命作ったものを、神々が巻きあげたものである。 勝利の剣もまた、もとは小人族イーヴァルディの息子である鍛冶師ヴェルンドが、 神々に一矢報いてやるために作ったものだった。だが、争いを恐れた小人族の王ニーズハズによって、この剣はヘラの洞窟に隠されてしまう。
しかし結局、小人族出身の英雄スヴィプダグがこの剣を手に入れ、トールと戦っ た。トールは北欧神話でも最強クラスの戦闘神だが、トール自慢の雷の槌ミョルニ も、スヴィプダグの振るう勝利の剣の前に、柄から折られてしまう。
さて、北欧神話は神々同士、神々と小人族・巨人族など戦いの連続で、はたまた、 勇敢なる者は、かつては敵対していても敬意をもって迎え入れられたりと、まさに 栄枯盛衰の繰りかえしだ。はたせるかな、このスヴィプダグはその後、雷神トール の血を引く英雄・ハッティングに斬り殺される。そして勝利の剣は、紆余曲折を経 て海神ニョルズの息子・豊穣神フレイの手に渡った。
このフレイが、あるとき世界中を見わたすことのできるオーディンの玉座にこっ そり座った。そこでたまたま巨人族の国をのぞいたときに目についた霜の巨人の 娘ゲルドに一目惚れしてしまう。
フレイは、従者スキールニルにゲルドを連れてきてくれと頼んだが、ゲルドは言 うことを聞かない。なにしろ、本来巨人族は神々と敵対する立場なのだ。 スキールニルはゲルドを脅す一方、彼女とその父に贈り物をして、どうにか機嫌をとる。そして結局、ゲルドはフレイの妻となった。だが、このときスキールニル は、護身用に持たされていた勝利の剣も、ゲルドの父ギュミルに渡してしまった (フレイがスキールニルに持たせたまま忘れてしまったとする説もある。
最終決戦!そのとき、勝利の剣は?
時は流れ、北欧神話の最終章〈ラグナロク(神々の黄昏)〉が訪れる。神々と、巨人 族など神々に敵対する者たちの最終決戦である。
このときすでに、勝利の剣を失なっていたフレイは、巨人族のスルトを相手に鹿 の角を手にして戦うが、かなうはずもない。結局、フレイは命を落としてしまった。 そして、戦いの最中でオーディンもトールも倒れる。のちに勝ち残ったスルトが 振るった剣によって、世界は火の海に包まれ、すべては焼き尽くされてしまった。 もし勝利の剣があれば、オーディンたち神々の陣営は、ラグナロクの戦いに勝利 したかもしれない。だが、やはり破滅は避けることができなかったであろう。
勝利の剣は、数奇な因果により、めぐりめぐって作り手の意志どおり、神々を守 る剣とはならず、神々の滅亡を招いたのである。