人馬もろともうち砕く、名将ローランの愛剣 デュランダル
デュランダルは、中世ヨーロッパのフランク王国で、シャルルマーニュ(カール 大帝に忠誠を尽くした騎士ローランが愛用した名剣だ。その柄は黄金でできてお り、柄の中には、聖ペテロの歯、聖バジールの血、聖ドニ上人の遺髪、聖母マリア の布、といった、キリスト教徒にとっては尊い聖遺物が収められていた。
この剣はもともと、シャルルマーニュ王が天使から授かったもの。王はこの剣をローランに与え、ローランはその栄誉にたがわぬ忠勇ぶりを発揮した。 ローランは、ブルターニュ辺境伯であり十二臣将(パラディン)と呼ばれたシャル ルマーニュの腹心のひとりだった。彼の死に至るまでの戦いを記したのが、十一世 紀に成立した叙事詩『ローランの歌』である。

サラセンと戦闘するローラン
栄誉の剣を守り抜いて死んだ騎士ローラン
シャルルマーニュの治めるフランク王国は、現在のフランスから、ドイツ、イタ リアにまたがり、いわばヨーロッパの中心だった。彼は、フランク王国の近隣を平定して西ローマ帝国崩壊以来のヨーロッパの再統一を進める。さらに続いて、当時 スペインを占領していたイスラム教徒との戦争へ向かった。
ローランは、親友オリヴィエら十二臣将とともに、この戦いに参加する。ちなみに、このオリヴィエも「オートクレール」という名の、すぐれた剣を持っていた。 さて、ローランが持つ名剣デュランダルの名は、敵軍にも鳴り響いていた。 敵の なかには、デュランダルを奪い取ってやろうと気負う戦士もいる。 デュランダルを 振るうローランの奮闘はすさまじく、敵の騎兵が被っている宝石を散りばめた黄金 の兜と、体にまとった鎖帷子を一気に叩き斬って、そのまま刃は馬の背に達し、人 馬もろともうち倒している。また、イスラム軍の太守マルシルの右手を斬り落とし た
だが、ローランは、義父ガスロンの裏切りのため、戦場で孤立させられ、窮地に 陥る。死闘の末、ローランは瀕死の重傷を負い、気を失いかけながらも、敵兵がデ ランダルを奪おうとしたと見るや、またその兜もろとも頭蓋をうち砕いて倒した。 やがて、死を悟ったローランは「助けたまえ、マリアさま、銘刀デュランダルよ、 傷ましきかな。生命果てなんとするわれは、汝を守ること能わず」と嘆く。彼にと って、デュランダルは、忠誠を尽くす王から賜った剣というだけではない。いわば、 キリスト教世界、祖国フランス(フランク王国)の名誉と栄光を象徴する剣なのだ。 ローランは、デュランダルを異教徒に奪われまいと、石塊に叩きつけるが、剣は鳴り軋んでも、折れることはなく、刃こぼれすらしなかった。最期までこの剣を守 り抜き、松の木のもとで祖国と過去の数々の戦いを想いながら息絶えたローランは、 天使ケルビム、ミカエル、ガブリエルによって、天国へと導かれたと伝えられる。 そして、破壊されることなく残ったデュランダルは、シャルルマーニュのもとへ 帰り、その後の戦いでも使われ続けた。いわば、この剣は不滅の剣なのである。

カール大帝
ヨーロッパ人の信仰心と愛国心を背負った剣
『ローランの歌』のスケールはじつに壮大だ。シャルルマーニュの軍には、フラン ス人はもとより、ドイツのバヴァリァ人やサクソン人、北方のノルマン人など、ヨ ーロッパ各国の民が集まっているし、敵のイスラム教徒軍にも、トルコ人、ペルシ ア人、フン族など、ヨーロッパから見ての、あらゆる異民族が集まっている。当時 の感覚で、さながら世界大戦の様相がある。
そんな「ローランの歌」は、単刀直入に言ってしまえば、十字軍時代の異教徒と の戦争を美化するプロパガンダ文学としての側面も強い。
しかしそれだけに、この名剣デュランダルにまつわる物語は、「ヨーロッパ」「キ リスト教世界」が、まさに戦いを通じて確立されてゆく当時の、殉教や忠誠心、祖 国愛とはいかなるものだったのかが、よくわかるといえよう。