英雄シグルズが愛した「ドラゴンスレイヤー」 グラム
グラムは、北欧神話の『ヴォルスンガ・サガ』に登場する英雄・シグルズの剣だ。 シグルズとは、ドイツでいうジークフリートで、ワーグナーの戯曲で有名な『ジークフリート物語』では、グラムはバルムンク、またはノートゥングとも呼ばれる。 このシグルズことジークフリートは、ドラゴン退治で知られる英雄であった。

グラムの切れ味を試すシグルズ
ゆえに、彼が使ったグラムは、ヨーロッパのさまざまな伝承に登場する龍退治の剣、すなわち「ドラゴンスレイヤー」の代表格といえよう。 グラムは鋭利な刃をもつ。この剣を河の中に立てて羽毛を流すと、細い羽毛がま っぷたつになったという。また、鍛冶屋の金床を切り裂くほどの力強い剣で、シグ ルズのシグムンドは グラムを振るって石壁を断ち割っている
親子二代の英雄に受け継がれる
グラムは、シグルズがその父シグムンドから受け継いだ剣である。 かつて、シグムンドたちヴォルスンガ一族の婚礼の宴のとき、マントを羽織った片眼の男がやってきて、このグラムを木に刺して去っていった。この木に刺さった 剣は、誰も引き抜くことができなかったが、若きシグムンドがこれを引き抜いて自 分の物にしたという。ところで、剣を木に刺した男は何者だったのか? それは、 北欧神話の最高神である隻眼の神・オーディンであったとされている。

グラムを木の幹に突き刺すオーディン。
シグムンドはグラムを振るって数々の戦いを繰りかえすが、あるときグラムが戦 いで破損する。みずからの命運を悟ったシグムンドは、結局命を落としてしまった。 その後、シグムンドの遺児シグルズは、鍛冶屋レギンのもとで育つ。成長したシグルズは、母が持っていたグラムの刃の破片をレギンに鍛えてもらってよみがえら せ、シグムンドの力を継承した。
このエピソードは、アーサー王が、王位の「選定の剣」カルブリヌスを引き抜き、 エクスカリバーに作り直したエピソード とよく似ている。
そのため、グラムはエクスカリバーの原形とする説もあるが、あるいは、両者の 原型となった、より古い伝承があるのかもしれない。
ドラゴンを倒した英雄も、女心には勝てず
シグルズは、この剣を振るって、ドラゴンの姿をした魔人ファブニルと戦い、フ ァブニルの心臓を左下から刺し貫いて倒した。伝承によっては、龍であるファブニ ルの血を浴びたシグルズは、このため不死の肉体となったとするものもある。
じつは、レギンはファブニルの財宝が目当てでシグルズにけしかけた。だが、グ ラムのことで恩着せがましい口をきいたレギンは、シグルズに「勇士がなまくらを 振るって勝った話はあっても、臆病者が鋭い武器で勝った話はない」といい返され てしまった。
また、グラムは勇者の剣というだけでなく、シグルズにとって礼節の象徴でもあ る。ジークフリート(シグルズ)の冒険をよりくわしく描いたのが、ワーグナーの戯 曲「ニーベルンゲンの指輪』だ。この戯曲中、ジークフリートは一度、女神ブリュンヒルドと愛を誓いながら、一時的に記憶を失い、別人のグンターになり代わって 彼女を口説く。だが、ブリュンヒルドを汚すような真似はしないという証に、ブリ ユンヒルドとの間にバルムンク (グラム)を置いて眠った。
しかし、グンターと結婚することになってしまったブリュンヒルドは、ジークフリートに裏切られたと思い激怒。そして、彼女の怒りのためジークフリートは命を 落とすことになる。龍をも倒した英雄が、悪意のないまま女心を踏みにじってしま ったために滅ぶとは、皮肉な話というよりほかない。
こうしてグラムは、シグルズとともに、ヴァルハラー北欧神話における、戦士の 魂の行き着く楽園へと消えたという。